本研究グループでは、ミリ波やサブミリ波と呼ばれる波長帯の電磁波による観測的な手法により、宇宙における様々な天体の形成と進化の謎に挑んでいます。

ミリ波・サブミリ波とは?

その名の通り、波長でいうと、1cm~1mmまでの波長領域をミリ波、1mmから0.1mmあたりまでの波長領域を、サブミリ波、と呼びます。周波数でいうと、1cmから1mmという波長は30GHzから300GHz、1mmから0.1mmという波長は300GHzから3THzに相当します。なので、サブミリ波の中でも、波長が短い方、1THzよりも周波数が高い領域(波長0.3mmよりも短い波長)は、「テラヘルツ波」と呼ぶこともあります。また、より波長の短い領域の観測をしている人たちは、赤外線から更に波長が長いところ、という意味で、「遠赤外線」という呼び方をすることもあります。

なぜミリ波・サブミリ波で宇宙をみるとおもしろいか?

いろいろな観点から、魅力的な波長帯です。

天体が形成される材料=「低温の星間物質」を直接捉えることができる。

宇宙の中には、様々な天体があります。小さいスケールから行くと、惑星があり、星(恒星)があります。さらに、そうした天体の集団である銀河があり、さらにその集団である銀河団があります。こうした、様々な天体は、元を辿れば、冷たい(数Kから数10K程度)ガス(主に水素分子や水素原子のガス)や塵(シリケイトやグラファイトなどの固体微粒子)から誕生したと考えられています。こうした、宇宙空間に漂うガスや塵のことを、星間物質と呼びます。ミリ波・サブミリ波帯は、こうした星間物質、特に、低温の星間物質を捉える上で、最も適した波長である、と言えるでしょう。

たとえば、数Kから数10Kという低温状態に置かれた星間分子ガスは、可視光や赤外線などの波長では全く放射を出しません。星や銀河を、可視光や赤外線で観測した場合には、既に形成された星など、非常に高温の成分が見えます。一方、ミリ波・サブミリ波帯には、低温の星間分子ガスから放射される、様々なスペクトル線が観測され、そこから、新たに生まれる星の材料についての情報を得ることができます。

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図1.爆発的星形成銀河(starburst銀河)M82の中心数100pc領域における、赤外線から電波に至る波長領域のスペクトル。大別して、(1)周波数に対して、連続的に放射強度が変化している、「連続波放射」と、(2)ある特定の周波数でのみ、強い放射を示す、「スペクトル線放射」とに分けられる。連続波放射は、主に波長の長い電波域におけるシンクロトロン放射(磁場の中を高速で運動している電子からの放射)と、サブミリ波~赤外線域にかけて、大きな山をつくっている成分、すなわち、星間ダスト(星間空間中に存在する、シリケイトなどの固体微粒子)からの熱放射の重ね合わせとしてよく説明でできる。この他、ミリ波付近には、自由・自由遷移放射(電離領域中を運動する自由電子からの放射)も見られる。一方、この波長帯のスペクトル線放射としては、原子からの再結合線(桃色)・微細構造線(赤)・超微細構造線、分子からの回転線(青)、などがみられる。

こうして、可視光や赤外線などにより、「既にできている天体」の情報を得る一方、ミリ波サブミリ波の観測によって、「これから形成される天体」に関する情報を得て、両者をあわせて総合的に研究を進めていくことで、今見えている天体が、どのような進化段階にあり、これからどうなるのか、また、どのように形成されてきたのか、を明らかにしていくことができるのです。

ミリ波サブミリ波で観測される、豊かな物質の世界

宇宙空間には、さまざまな物質が存在します。ミリ波サブミリ波帯の分光観測では、非常に多様性に富んだ原子・分子の観測ができます。図1に示したスペクトルの図の中には、水(H2O)や一酸化炭素(CO)、シアン化水素(HCN)、硫化炭素(CS)など、比較的お馴染みの分子?も登場しています。中には、ホルミルイオン(HCO+)のようなイオンもあります。COが乖離して、中性の炭素原子(C)として存在する領域もあり、そこから出てくる放射もあります([CI]輝線)。更に、中性炭素原子が電離され、C+イオンとなっている領域もあり、そこからの放射も観測されます([CII]輝線。これはサブミリ波というより、THz波、あるいは遠赤外線ですが)。こうした分子や原子からの輝線の観測により、そこにどれだけの分子ガスが存在するのか、そのガスが、どのような運動をしているのか、どのような温度や密度にあるのか、そのような分子組成を示すのか、というような物理化学的情報を引き出すことができます。

こうした、比較的馴染みのある?分子、言いかえれば、地上に安定して存在する分子以外にも、宇宙空間には、不思議な分子がたくさん発見されています。たとえば、HCNという分子が上に登場していますが、このCが直線状にずらずらと並んだ分子、HC5Nとか、HC7Nとか、さらにHC11Nなんていうものも検出されています(carbon chain moleculesと呼ばれます)。化学的には極めて不安定で、一般には安定に存在し得ない、ラジカルと呼ばれるもの、たとえば、シアノラジカル(CN)も、現在の宇宙はもちろん、高赤方偏移宇宙の銀河でも最近検出され、話題になっています。

こうした様々な分子を「目印」として、可視光や赤外線では探りえない、濃いガスやダストの中に深く覆われた、生まれたばかりの星を探したり、その進化段階を探ったり、というような研究が、今とても注目されています。また、様々な銀河の中心領域で、こうした分子の組成を調べることにより、その熱源の正体を探る(星形成により加熱されたガスをみているのか、あるいは、強いX線放射により、分子組成が変化したガスを見ているのか、切り分ける)、というような研究分野も立ち上がっています(図2)。こうした、天文学と化学の融合、とでもいうべき分野も、ミリ波サブミリ波ならではの、非常に重要でおもしろいテーマです。

また、エチルアルコール(C2H5OH)をはじめ、大型の有機分子も、続々と検出されてきています。生命の材料につながる、アミノ酸を、星間空間に探すという観測研究(こちらは、天文学と生命科学の融合、というべきでしょうか)も、ALMAが稼働する今後、更に劇的に発展していくでしょう。

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図2.活動銀河NGC 1068の中心領域における、CO分子(左上)、HCN分子(左下)、およびHCO+分子(右下)からの輝線放射の分布。CO分子は、水素分子の個数密度が、約数100個/cm^3程度の濃度の分子雲の分布を示している。赤い鎖線円で示されたところに、強い赤外線放射を放つ爆発的星形成領域があり、その星形成領域に付随する、多量の水素分子ガスの存在がこの画像からわかる。一方、中心核付近(円の中心付近)には、あまり多量の分子ガスはないことがわかる。一方、HCN分子輝線は、銀河中心核付近で極めて明るく、強い放射を放っている。HCN分子輝線は、水素分子密度が10^4個/cm^3以上の、特に濃いガスからでないと強く放射されないため、密度の高い、濃いガスの存在が示唆される。一方、同程度の濃さで放射されるHCO+分子輝線よりも、さらにHCN輝線のほうが強いため、何らかの異常な放射が、この活動的な銀河の中心領域で起きていることが示唆される。この活動銀河の銀河核には、巨大ブラックホールが存在し、物質が円盤状に落ち込みながら、強いエネルギーを放射する現象(活動銀河核)が存在しており、その活動銀河核が、周囲の星間物質の物理的・科学的性質を、通常の星形成領域とは大きく異なるものにしている可能性がある。【出典:Kohno et al. 2008, ApSS, 313, 279】

ミリ波サブミリ波は、初期宇宙まで見通すことができる。

ある明るさ(光度)の天体を、近い距離に置いてみた場合と、遠くに置いてみた場合とを比べれば(実際に天体を近くや遠くに「置く」ことはできませんが、できたとすれば)、当然、遠い天体のほうが、暗く見えます。遠い天体ほど、みかけの明るさは、暗くなる。当然ですよね。ところが、この「常識」は、ミリ波サブミリ波帯の観測では通用しません。ある種の天体は、ミリ波サブミリ波帯で観測すると、距離によらず、みかけの明るさが変わらない、という、非常に不思議な現象が起きるのです。

図3には、そのような現象が起きる理由が示されています。ここで示しているのは、ダストを多量に持つ、爆発的な星形成銀河の、電波領域から赤外線領域に至るスペクトルです。可視・赤外線や、波長の長い電波領域では、天体が遠くなるにつれ(赤方偏移 z が大きくなるにつれ)みかけの明るさ(縦軸)が急激に下がって行きます(これが、「常識的」な振る舞い)。ところが、ミリ波サブミリ波帯で観測すると、距離によらず、みかけの明るさがほとんど一定になっていることが分かります。これは、距離が遠い天体ほど、大きい赤方偏移にあり、観測される波長が、その天体本来の波長(静止系でみた波長)と比較して、(赤方偏移+1)倍だけ引き延ばされ、長波長側に落ちてくることによります。

ダストを多量に持つ爆発的星形成銀河では、若い星が放射する強烈な紫外線により、星の周囲にあるダストが暖められます。その温度は、30Kから60Kくらいにあると考えられています。このような温度で熱平衡にあるダストは、波長100μmから50μmくらいのところに、その熱放射(黒体放射)のピークを持ちます(Wienの遷移則を思い起こして、計算してみましょう)。赤方偏移が2の天体では、そのピークが、z+1 = 3倍、長い波長にシフトします(すなわち、300μm~150μm)。また、赤方偏移4の天体なら、z+1=5倍、すなわち、500μmから250μ帯に放射のピーク位置が来ます。このように、遠い天体になるほど、熱放射のピークがどんどん長波長側へずれてくるため、長波長側で観測をしていると、遠い天体であっても、観測される、みかけの明るさが、ほとんど変わらないのです。

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図3.爆発的星形成銀河を、いろいろな距離(赤方偏移z)に置いたときに観測されるスペクトル。可視・赤外線や、波長の長い電波領域では、天体が遠くなるにつれ(赤方偏移zが大きくなるにつれ)みかけの明るさ(縦軸)が急激に下がって行く。ところが、ミリ波サブミリ波帯で観測すると、距離によらず、みかけの明るさがほとんど一定になっている。この性質を使い、遠方の天体まで、効率的に探査することが可能である。

このような事情を、他の形で表現しているのが、図4になります。これは、ある明るさ(赤外線光度 L(FIR)が5×10^12太陽光度)の、ダストを持つ爆発的星形成銀河を、いろいろな距離(赤方偏移)に置いてその見かけの明るさを観測したとき、どの波長では、どの程度の明るさ(フラックス密度)になるか、を計算したものです。可視光(optical)や赤外線(24um)、また、波長の長い電波(1.4GHz)では、我々の「常識」通り、天体を遠くにもっていくほど、みかけの明るさは暗くなっています。ところが、850umや1.1mmなどの、サブミリ波やミリ波と呼ばれる波長で天体を観測すると、天体を遠くにもっていっても、みかけの明るさ(flux)がほとんど変わらない、という不思議な状況が起きていることが表現されています。特に、赤方偏移が1から10に至るまで、ほとんどfluxが変わらない、というのは特筆すべき特徴であり、ミリ波サブミリ波帯が、遠方宇宙を見通す上で、非常にユニークな観測波長となっていることを如実に表しています。

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図4.ある光度の天体を、いろいろな赤方偏移に置いた時、期待されるみかけの明るさを、いろいろな波長で計算したもの。可視光(optical)や赤外線(24um)、また、波長の長い電波(1.4GHz)では、我々の「常識」通り、天体を遠くにもっていくほど、みかけの明るさは暗くなる(当然)。ところが、850umとか、1.1mmなどの、サブミリ波やミリ波と呼ばれる波長で天体を観測すると、遠くにもっていっても、みかけの明るさ(flux)がほとんど変わらない、という不思議な状況が起きている。特に、赤方偏移が1から10に至るまで、ほとんどfluxが変わらない、というのは特筆すべき特徴と言える。【出典:Blain et al. 2002, Physics Report, 369, 111】

ミリ波サブミリ波で発見される、初期宇宙の、ダストに隠された爆発的星形成銀河

このような特徴を持っているミリ波サブミリ波帯で、遠方宇宙・初期宇宙を観測すると、どのようなものが見えてくるでしょうか?図5・上段のパネル2枚は、ハッブル宇宙望遠鏡を用いて、可視光により観測したとある天域の画像です。ハッブル・ディープ・フィールドと呼ばれるこの画像には、非常に沢山の銀河が写っていることがわかりますが、その距離を調べると、赤方偏移が1.5より手前の近い銀河が大半で、赤方偏移1.5より遠くにある銀河の数は、あまり多くないことがわかります。一方、図5の下段は、ミリ波サブミリ波帯で、同様の、深い観測をしたときに期待される画像を、理論モデルをもとに作成した図です。図3や図4で示された性質から、ミリ波サブミリ波で深い撮像観測を行うと、初期宇宙の天体が非常に効率よく検出されるということが当然の帰結として期待されます。

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図5.可視光での深宇宙撮像(上)と、サブミリ波での深宇宙撮像(下;シミュレーション)との比較。いずれも、左側は、z<1.5の銀河の分布、右側は、z>1.5の銀河の分布を示している。可視光では、非常に沢山の銀河が検出されるが、そのほとんどは、z<1.5の銀河である。その中に、わずかなz>1.5の銀河がある。一方、サブミリ波で深い撮像観測を行うと、検出される天体のほとんどはz>1.5であり、むしろ近傍の銀河は少ない。すなわち、非常に効率よく、高赤方偏移天体を探し出すことができる。

図5(下段)は理論モデルに基づくシミュレーションでしたが、このような状況は、近年の観測により、既に実証されつつあります。たとえば、図6は、我々のグループが得た、波長1.1mm帯の、とある天域(ADF-Sという名前のついた、天の南極付近の天域)の画像です。この画像には、全部で198個の、ミリ波で輝く(おそらく、ダストに深く埋もれた爆発的星形成銀河)が写っています。この画像を、赤外線天文衛星「あかり」による波長90μmの赤外線画像と比較し、その赤方偏移に関する制限をつけたところ、検出された198個の銀河のうち、実に196個が、赤方偏移1より遠方宇宙にある天体であることが判明したのです。我々の想像を超える、驚くべき打率で、初期宇宙にあるダストに隠された爆発的星形成銀河が発見されたと言えるでしょう。

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図6.サブミリ波望遠鏡ASTE(左下写真)に搭載された、ボロメーターカメラAzTECで撮像した、AKARI Deep Field South(ADF-S)と呼ばれる天域の波長1.1mm帯の画像(廿日出ほか)。画像に写っている白~黄色の点々の一つ一つが、検出された銀河であり、多量のダストに覆い隠され、可視光では良く見えない、爆発的星形成銀河であると考えられる(右上の想像図)。検出された1.1mm天体は全部で198個である。この画像を、赤外線天文衛星「あかり」による波長90μmの赤外線画像と比較し、その赤方偏移に関する制限をつけたところ、検出された198個のうち、実に196個が、赤方偏移1より遠方宇宙にある銀河であることが判明した。【出典:Hatsukade et al. 2011, MNRAS, 411, 102】

ダストに隠された爆発的星形成銀河の重要性

こうして続々と発見されつつある、「ミリ波サブミリ波で明るい初期宇宙銀河」=「多量のダストを持つ、爆発的星形成銀河」は、どのような性質の天体なのでしょうか。またどのような意味・意義を持つ天体なのでしょうか。

まず第一に、宇宙の歴史を遡って行くと、現在から過去の(初期の)宇宙ほど、ダストに覆い隠された、可視光や紫外線では直接見えない星形成活動の割合が、急速に増えていく、という観測事実があります。図7は、そのような状況を示す観測結果の一つです。これ以外にも、初期宇宙へ行くほど、ダストに覆い隠された、爆発的星形成銀河が、宇宙全体における星形成活動の中で占める割合を増やしていくという観測結果が、少なくとも、赤方偏移1~2付近まで、出そろいつつあります。【出典:たとえば、Le Floc’h et al. 2005, ApJ, 632, 169】すなわち、宇宙における、星形成活動の全貌を明らかにするためには、初期宇宙におけるダストに覆われた星形成銀河を系統的に探し出し、その数や明るさの、宇宙の歴史における変遷をひもとくことが不可欠です。その決定打が、図3~図5でその威力が示されている、ミリ波サブミリ波帯での観測ということになります。

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図7.宇宙における、単位体積あたりで起きている星形成活動(単位時間当たりに生まれる星の質量;星形成率)が、宇宙の歴史とともに、どう変化していったかを示した図。横軸は赤方偏移で、左端が現在の宇宙、右端が、赤方偏移1の宇宙(現在から、約76億年遡った過去の宇宙=宇宙が誕生してから、約61億年後の時代)。青い△印は、紫外線によって直接見えている星形成率密度を、また、赤い□は、赤外線によって観測された星形成率密度を示している。赤方偏移1の時代の宇宙では、約70%もの星形成活動が、ダストに埋もれた、隠された星形成であることを示している。【出典:Takeuchi, Buat, & Burgarella 2005, A&A, 440, L17】

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図8.星形成活動がどのように観測されるかを示した模式図。大質量星は、強い紫外線や可視光を放射するため、もし、途中にそれらを遮る物質、すなわち、星間ダストが存在しなければ、紫外線や可視光の観測により、宇宙における星形成活動は、直接的に測定・定量することができる。一方、もし、途中に星間ダストが多量に存在すると、大質量星からの紫外線や可視光は吸収されてしまう。そのかわりに、星間ダストが紫外線によって加熱され、数10Kまで暖められる。すると、ダストが、数10Kの黒体的な放射(熱放射)によって、数10μm~100μm帯の遠赤外線を放出する(Wienの変位則を思い起こそう)。従って、ダストが多量に存在する星形成領域では、その星形成活動は、赤外線の観測によって、はじめてその全貌が明らかになる。

実際、ミリ波サブミリ波の観測によって発見された銀河(サブミリ波銀河)を、いろいろな波長で詳しく調べてみると、紫外線や可視光では極めて暗く、波長の短い赤外線(近赤外線)でも赤い(=短い波長ほど弱い、すなわちダストの吸収の影響を受けていることを示唆する)という様子がみえてきます(図9)。すなわち、すばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡による可視光や近赤外線では、非常に激しい爆発的星形成をしている銀河であっても、多量のダストによって覆い隠され、見過ごされてしまう銀河が少なからず存在する、ということを意味しています。

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図9.SUBARU/XMM-Newton Deep Field(SXDF)と呼ばれる天域に発見された、明るい850μm銀河の一つ(SXDF850.6)の、いろいろな波長でみた姿。左上は、紫外線から可視光域(波長約0.3μm~0.5μm付近)に至る、u, B, Vという3つのバンドでの、3色合成画像の上に、SMA干渉計により得られた波長870μmのサブミリ波放射強度を白い等高線で重ねて示している。紫外線から可視光にかけて、いろいろな天体がこの中に写っているが、サブミリ波の放射が出ている銀河の位置には、何も写っていないことがわかる。同様に、上段真ん中の画像は、もう少し波長の長い可視光域(波長0.6μm~1μm付近)のR, i', z'3バンドでの合成画像であるが、やはり、この波長でも、何も対応天体が認められない。一方、近赤外線域(波長1μm~2μm付近)のJ,H,K3バンドでの合成画像では、非常に赤い天体=すなわち、長い波長ほど、放射が強い天体が、サブミリ波銀河の位置に認められる。これは、短い波長の放射は、ダストによる吸収で弱められ、相対的にダストの影響が軽減される長い波長の放射ほど強くみえている、という状況を表している。【出典:Hatsukade et al. 2010, ApJ, 711, 974】

ミリ波サブミリ波帯の宇宙観測:技術的なフロンティア

ミリ波サブミリ波は、観測天文学の中では、まだまだ新しい分野です。特に、観測技術・検出技術という観点では、可視光や赤外線と比べて、実生活への応用がほとんど進んでいないため、技術的に未成熟な分野であると言えます。言いかえれば、まだ、技術的にもおもしろいテーマが山ほど埋まっている、宝の山であるということです。

本研究室では、新しい観測天文学を切り拓く上で、新しい観測装置の開発はもちろん、それを支える要素技術の開発や物理の探求も、非常に重要な研究テーマの一つと位置付け、積極的に取り組むことを推奨しています。学生さんの中には、天文学のおもしろさ以上に、そうした技術的なフロンティアの中に更なる価値を見出し、広い意味でサイエンスの成果に結び付け、新しい分野を開拓していくというスゴイ人もいます。

以下では、いくつかそのような最先端の技術を駆使した観測装置を紹介しましょう。その前に、電磁波を検出する、2つの方式について、簡単に述べておきます。

電磁波の2つの検出方法

天体の検出をする方法は、大別して2つあります。一つは、到来する電磁波を、エネルギーを持つ粒として捉える方法、もう一つは、波として捉える方法です。X線や可視光線、赤外線などでは、主に前者の方法で電磁波を検出します。一方、波長の長い電波、たとえばテレビやラジオ、携帯電話(それぞれ、どのくらいの波長や振動数の電波でしたっけ?)では、電磁波を波として扱い、検出しています。

ミリ波サブミリ波と呼ばれる波長帯は、これらの波長の狭間であり、いずれの技術も使える、という、非常にユニークな特徴をもっています(※可視光でも電磁波を波として捉える技術の開拓がはじまっていますが、原理的に、可視光域では、波としてとらえてしまうと、量子力学における不確定性原理により、非常に大きな「雑音」が生じます。これを量子雑音と予備ます。量子雑音の大きさは、振動数に比例するため、ミリ波サブミリ波域での量子雑音は、可視光域での量子雑音と比較し、その波長比だけ、すなわち、数桁も低い、ということになります)。

この、電磁波を波として検出する方法を実現する手法の一つが、「ヘテロダイン受信機」という受信機システムであり、また、電磁波をエネルギーをもった粒として検出する方法(「直接検出」と呼ぶことがあります)を具現する手法の一つが、「ボロメーター」という検出器です。

ヘテロダイン受信機

観測する電磁波の周波数に対して、その周波数に近い信号を人工的に発生させ、それを混ぜると、波の干渉性により、その差周波を取り出すことができます。これは、言いかえれば、高い周波数の電磁波を、人工的な信号を利用することで、より低い周波数の信号へと変換できることを意味しています。このように、波としての性質を利用し、「周波数変換」を伴う電波の検出方式を、ヘテロダイン受信方式と呼びます。

周波数変換を実現する際には、非線形な電流-電圧特性(たとえば、電流変化に対して、電圧変化が比例しない特性)を示す素子を周波数混合器(ミキサー)として利用します。そのような性質を示すデバイスとしては、金属と半導体とを接合させたショットキーバリア・ダイオードや、超伝導体の間に絶縁体を挟みこんだ超伝導-絶縁体-超伝導(Superconductor-Insulator-Superconductor; SIS)素子などがあり、特に後者は、高い周波数帯で、非常に低雑音を実現するため、ミリ波サブミリ波帯の観測装置で広く用いられています。図10には、ASTE望遠鏡に搭載された、周波数350GHz帯(波長0.85mm帯)のヘテロダイン受信機の外観が示されています。

ヘテロダイン受信機では、非常に周波数の高いサブミリ波の信号であっても、低い周波数へ変換してから分光することで、非常に高い周波数分解能を比較的容易に得ることができます。たとえば、ASTEに搭載されているデジタル分光器MACでは、128MHz幅を1024チャンネルに分解し、周波数分解能0.125MHzを達成できます。350GHz帯でこの分光器を使えば、3×10^6もの高い分光分解能(R = λ/dλ = c/dv)を実現できるということになります。こうした高い分光能力を生かして、さまざまな天体からの分子輝線・原子輝線の高分散分光観測を行い、ガスの運動に関する精密な情報を得ることができます。

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図10.ASTE望遠鏡用に開発された、350GHz帯の観測に用いるサイドバンド分離型SISミキサー受信機「CATS345」。(左)デュワーのシールド類を外した上で、デュワーの常面を示したもの。GM式機械冷凍機により、80Kから12K、そして最終的には4Kを実現する。その3つの温度ステージが示されている。4Kステージ(最上面)には、超伝導状態になるべきSISミキサーを収めたブロック(ミキサーブロック)や、そこに電磁波を導くためのミラーおよびフィードホーン(自由空間を伝搬する電磁波を、導波管=金属で囲まれた空間の中を伝搬する電磁波モードへと変換する、アンテナの一種)などが見える。左側の金色のタワーは、冷凍機の4Kを伝えているコールドヘッド。機械式冷凍機の振動は極力カットしつつ、熱をよく伝えるため、金メッキした金属線(純銅)の束を使って、冷凍機と、受信機4Kステージとの間を繋いでいる。(右)ASTE望遠鏡の受信機室内に設置された、CATS345受信機の底面の写真。機械式冷凍機へと液体ヘリウム(LHe)を供給するためのヘリウムホース(サプライ側とリターン側)や、真空を引くためのバルブが見えるほか、人工的に混ぜる信号(LO信号)の供給ポートや、SIS素子に与える電圧(バイアス電圧)を制御するポートなどが写っている。右側のメーター表示つきの箱は、冷却増幅器やSIS素子に供給する直流電源源群である。【本学と国立天文台、大阪府立大学ほかとの共同研究。本研究グループでは、酒井剛特任助教ほかがこの開発・評価・観測運用で、優れた手腕を発揮している。】

ボロメーター

ボロメーターは、あるセンサーを温度計として使います。センサー部分に、放射がやってくると、その入射に伴い、センサー部分の物質がエネルギーを得て、その分、温度が微小に上昇します。その微小な温度変化を読み取ることにより、電磁波の到来を知る(検出する)、これがボロメーターの原理です。

ボロメーターを実現する方法として、従来は、半導体が広く用いられてきました。たとえば、図6に示された観測成果は、中性子照射によって不純物を混ぜ込んだゲルマニウム(Neutron-transmutation-Doped Germanium;NTD-Geと略します)を使ったボロメーターを144画素配置したカメラ、AzTEC(図11)によって得られました。

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図11.(左上)NTD-Geボロメーターを144画素配置したボロメーター・アレイ、AzTECの写真。(左下)AzTECや光学系、冷却系を収めた真空容器(デュワー)。このデュワーの中に、2種類の寒剤(液体窒素および液体ヘリウム)を入れて、4Kを作る。さらに、デュワーの中で、He10吸着冷凍機により、250mKという極低温を作り出して、ボロメーターを冷却している。(右)AzTECデュワーへ寒剤を補給中のASTE望遠鏡。標高5000m近い真冬の高地における液体ヘリウム等の扱いはまさに苦行中の苦行であった。。【マサチューセッツ大学、カーディフ大学、ジェット推進研究所、ほかによる開発。出典:Wilson et al. 2008, MNRAS, 386, 807】

最近では、ボロメーターとして、超伝導体を利用したものが活躍し始めています。超伝導帯は、強い放射が入ってくると、温度が上昇し、超伝導から常伝導へと遷移します。この際に、非常に大きな抵抗値の変化が起きます(超伝導=ゼロ抵抗、の状態から、常伝導へ遷移するので)。従って、一定の電圧をボロメーターにかけておいて(バイアス電圧)、電流値の変化を通して、そのボロメーター部分の抵抗値の変化をモニターしていれば、電磁波の到来を、極めて高い感度で検出することができます。このような、超伝導から常伝導への遷移状態のギリギリのところ(超伝導遷移端)を使ったセンサー=超伝導遷移端センター(Transition edge sensor; TES)が実用化され、ミリ波サブミリ波の観測に広く用いられ始めています。図12は、ASTE望遠鏡に搭載されるAzTECの次のボロメーターカメラとして開発が進んでいる、TESアレイの写真です。この装置が稼働すれば、図6のような、ミリ波サブミリ波での掃天観測(ある天域を、くまなく掃くように観測していくこと)がさらに飛躍的に進み、図9のような、これまでの可視光・赤外線観測では見逃されていた、初期宇宙のダストに隠された爆発的星形成銀河が、さらに多数発見されていくことでしょう。

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図12.TiとAlを使った超伝導遷移端センサー(TES)アレイの全体像(左下)。蜘蛛の巣構造をした吸収体(スパイダーウェブ)の中に配された、350GHz帯のセンサーが、合計271個、並べられています。そのうちの1個を取り出して拡大したのが中央の画像。周辺の蜘蛛の巣状の構造は、窒化シリコンでできており、到来する放射を受け止める役割を担っています。蜘蛛の巣状の構造は、宇宙線のヒット率を大幅に下げるとともに、熱容量を小さくする意味があります。また、中心部分には、熱容量を調節するための金属体(ブリングと呼びます)も成形されています。さらに、1個のボロメーターの中心部分を更に拡大したものが、右下の図です。この右下の図の中心付近にある、黒い部分が、TESボロメーターであり、周囲の吸収体からやってきたエネルギー変化を検出する心臓部です。【大島泰(国立天文台助教)提供;本学およびカリフォルニア大学バークレー校(米国)、マギル大学(カナダ)、カーディフ大学(英国)、国立天文台、北海道大学、他との共同研究】

いよいよ、次世代の超大型ミリ波サブミリ波望遠鏡「ALMA」の時代がやってくる!

また、2011年の後半には、いよいよ、空前絶後ともいえる、ミリ波サブミリ波帯の超巨大地上望遠鏡、ALMA(図13)が稼働を開始します。2011年の時点では、まだ建設途上段階であり、性能は最終的に達成されるものよりも低いですが、にもかかわらず、既に現存するあらゆるミリ波サブミリ波望遠鏡よりも高い感度を実現しています。あと数年の後には、超高精度な12mアンテナ54台、7mアンテナ12台、80GHz帯から900GHz帯をカバーする6つの受信機バンド、合計8GHz幅を一挙に分光できるデジタル分光相関システム、などから構成されるALMAがその本運用を開始し、人類が想像すらし得ない、新しい宇宙像を我々の手にもたらしてくれるものと期待されています。

ALMAのセールスポイントは、いくつかありますが、何と言っても、高い解像度がその魅力の一つです。図9では、SMA干渉計を用いて1~2秒角の構造をようやく捉える、という観測になっていますが、ALMAでは、その10倍から100倍高い解像度で、初期宇宙に存在するダストに隠された爆発的星形成銀河の姿を描き出すことができる筈です。このような爆発的星形成銀河が、初期宇宙で、何故発生したのか。ガスを豊富に持つ銀河同士の衝突合体なのか、それとも、銀河にどんどん多量の冷たいガスが流れ込んで、爆発的な星形成の開始に至ったのか。現在理論的・観測的に示唆されているさまざまなアイディアを、観測により、直接的に検証し、その正体を突き止めることができるでしょう。

また、ALMAは、既存の装置と比較して、革命的な感度の向上をもたらしています。たとえば、図9の観測は、サブミリ波銀河1個の観測に、合計数夜の観測を費やしています(~約10時間規模)。ALMAが本格稼働すれば、このクラスの銀河は、わずか数秒!で、同等以上の解像度の画像が得られてしまいます。現在は、一晩に1個というペースで、一つ一つ、ゆっくりと観測して研究するしかなかったのですが、ALMAが稼働すれば、初期宇宙のダストに隠された爆発的星形成銀河を、何100個、何1000個という規模で一気に撮像し、その性質を統計的に研究することが初めて可能になるでしょう。

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図13.アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(Atacama Large Millimeter/Submillimeter Array; ALMA)の完成想像図。超高精度な12mアンテナ54台、7mアンテナ12台、80GHz帯から900GHz帯をカバーする6つの受信機バンド、合計8GHz幅を一挙に分光できるデジタル分光相関システム、などから構成される、高解像度(1秒角~0.01秒角)な分光撮像装置である。【Credit: ALMA(ESO/NAOJ/NRAO) http://alma.mtk.nao.ac.jp/j/multimedia/picture/alma/0901131705.html

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ダストに隠された初期宇宙の爆発的星形成銀河について

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Last-modified: 2020-06-01 (月) 09:11:35